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ここなです🍀
本日は私のこれまでの"うつ病闘病記"を書きたいと思います。
10年前うつ病になるまでは、自分が精神疾患になったり、会社を辞めるなんて夢にも思っていませんでした。
中学校〜大学生まで部活に打ち込み、努力すれば道がひらけると自負しており、それなりに自己肯定感もあったように思います。
うつ病になった方の中には「まさか自分がうつ病になるなんて」と受け入れられない方もいらっしゃるのではないでしょうか?
まさに私もその1人でした。
うつ病になったことで、苦しい思いをたくさんしています。でもその反面、人のあたたかさを感じることもありました。
※「うつになって気づいたよかったこと」については今後書きたいと思います。(2025/10/22更新)
↓「うつ病になって気付いた家族の大切さ・感謝の気持ち」はこちらからご覧ください↓
- 1.うつ病の発症 -新卒で入社した約10年前-
- 2.1度目の再発 -うつ病になる人は心が弱いと偏見を受ける-
- 3.2度目の再発 -産後うつからの重症化・効果的な治療法が見つからない-
- 4.まとめ -とりあえず今日一日を生きる-
1.うつ病の発症 -新卒で入社した約10年前-
約10年前、新卒で全国転勤有りの会社に営業職として入社。当時は誰とでも打ち解けられることが得意で、持ち前の笑顔でコミュニケーションに自信を持っていました。
1年目の配属先は同期も数名おり、それなりに評価され、自身の強みであるコミュニケーション能力も発揮できていると思っていました。2年目で地方の小さな支店に1人で異動になり、そこではこれまで出会ったことのない人柄の人ばかりで衝撃でした。
コミュニケーションを取ろうとしても、何とかこの状況から抜け出そうとアクションを起こしても、周りは無関心で理解してもらえず、今まで自分が評価されていたのは、同期のみんながいてくれたおかげで自分には何の価値もなかったと痛感し、何もない自分が大嫌いになりました。

仕事のストレスからうつ病を発症。自宅近くの精神科を受診しますが、高圧的な男性の先生で、厳しい口調で矢継ぎ早に質問され、怖くて涙があふれてさらに体調が悪化。
後日実家近くの精神科を受診して、高圧的な先生から処方された薬を見せると、先生は大変驚きながら「これは躁うつ病の人が飲む強い薬なのでタンスの奥にでもしまっといてください!」と言われました。
休職することになり実家で療養しますが、異常な眠気で一度寝ると起きられず、起きたら次の日の夕方になっていることも多々ありました。
また、母が心配して旅行に連れ出してくれたことを、会社のヘルスケア担当の人に言ってしまい、「何を考えてるの!仕事休ませてもらってるんだから、もっと仕事に役立つ新聞読んだり勉強したりしなさい!」と激怒され、ショックで号泣し、さらに上司からは「他の道もあると思う」と退職勧奨されました。
結局、退職することを決断し、転職エージェントに登録して急いで転職先を探し、薬もだんだん飲まなくなりました。
今思えば、うつ病が治りきっていないのに、そんなに急がず、もっと治療に専念したら良かったと後悔しています。
また、傷病手当金のことで健康保険組合に電話をしたところ、その際に転職先が決まっていると言うと「そんなにすぐに働けるなら、大した病気じゃなかったんじゃないですか」と組合の職員から冷たく言われ、怒りに震えて「医師の診断書が出てるのにそんな事が言えるなんて、あなたは医者なんですか?!」と言い返してしまいました(その後電話は上司っぽい人が代わり、なんとなく丸く終わった)。
本当にこの間は様々なうつ病に対する偏見や、経験しなくてよい人間からのひどい仕打ちをたくさん受け、唯一ずっと味方でいてくれた母に本当に感謝しています。
2.1度目の再発 -うつ病になる人は心が弱いと偏見を受ける-
転職した会社には1年いましたが、1度目のうつ病再発で退職してしまいました。
総務部門の募集だったため、人事系の仕事がしたいと面接で主張して入社しましたが、実際は営業事務を任され、さらにほとんどないと言われていた残業も毎日1時間必ず残業しなければならないと決まっており、社労士の資格学校に通えず、勉強時間も十分に確保できなかったことも1つの理由でした。
うつ病で退職したいと会社の会長に申し出たところ、「うつ病は心が弱い人がなる、あなたは心が弱いんや」と言われ、社員が集まる朝礼の場で、「うつ病のため退職することになり、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と言わされました。
うつ病に対する理解のなさに悲しくてたまりませんでしたし、うつ病を公表することに何のメリットもなく、偏見を受けないためにもこれからは隠して生きようと思いました。

3.2度目の再発 -産後うつからの重症化・効果的な治療法が見つからない-
その後、大学事務のアルバイトをしながら資格の大原に通い、社会保険労務士試験に2度目の受験で合格。
プライベートでは同時期に学生時代から付き合っていた方と結婚し、社労士事務所勤務を経て、第1子を出産。
その後、転職して社労士資格を活かし会社の人事部門で勤務し、産前産後・育児休業を取得して第2子を出産。産後半年あたりから不安感が強く精神的にしんどくなり、2度目のうつ病が再発。
区役所の乳幼児健診で、女医の先生の精神科を紹介してもらい、認知行動療法を初めて受け始めました。母乳も出なくなったため、服薬も再会しましたが、なかなか回復する薬が見つからず、診察のたびに薬が変わり、副作用で口の中にいっぱい口内炎ができて痛くて喋れなくなったり、満腹感を感じれなくなり食べ過ぎて6キロ太ったり、嘔吐したこともありました。
精神疾患であることを会社でオープンにすることにとても抵抗があったため、主治医には復帰することを心配されましたが、会社にはうつ病のことは明かさず頓服を毎日服用しながら仕事に復帰しました。
しかし、子ども2人のワンオペ育児、時短勤務でも変わらない仕事量のため残れる日は遅くまで残業・さらにのしかかる新たな仕事などが重なり、体調が悪化して仕事ができなくなってしまい、ついに休職してしまいました。
休職しても、変わらないワンオペ育児、様々な薬を飲んでも、カウンセリングを受けてもなかなか回復しない病状に、希死念慮が強くなり、子どもの成長を見たいから生きたいのに、生きるのが辛くてたまらなくて、涙する日々です。
まずは【とりあえず今日一日を生きる】を自分に言い聞かせて生きています。

4.まとめ -とりあえず今日一日を生きる-
長文お読みいただきありがとうございます🙇♀️
前述したように、消えたい時・自分に生きる価値が見いだせないときは、【とりあえず今日一日を生きる】と思っています。
私よりもずっとずっと辛い思いをされている方もいらっしゃるかと思います。
私自信に言いきかせていますが、焦らず、辛いときは「助けて」と助けを求めて良い。
きっといつかこの暗いトンネルをぬけるときがくるはず。。